人間関係をつくり、維持するのに大事な第二の原則は、
人を審かないことです
これは、カウンセリング理論すべてに共通する原理です
人を審くと敵対関係になりやすいのです
これは、大人なら誰でも知っていると思います
心の中では「この馬鹿者が!」と思っていても、
「さすが部長ですね」とお世辞を言いますよね
ただし、カウンセリングにおいてはお世辞は言わないで、
相手の真意や状況を知ろうとします
たとえば
「それはどういうわけですか」
「その結果はどうですか」
「これからもこの方式を続けるのですか」
「何がそうさせているのですか」
と問えば、クライエントは審かれたとは思わないものです
「わかってもらえた」というよい感じを持つものなのです
日常の人間関係でもそれと似た場面があります
ゴルフに遅れた仲間に、「遅いじゃないか」ととがめずに
「何かあったんじゃないの?」ときくのがその方法です
審かれるとなぜ不快なるのかというと、理由は四つある
といわれています
①プライドが傷つけられるから
②それまでの自分の流儀が否定されると、その先どうして
いいかわからない不安が生じるから
③こちらがアドバイスを求めているわけでもないのに
おせっかいされた迷惑さを感じるから
④こちらの事情を知りもせずにもの知り顔に教訓をたれる
倣慢さへの不快感、すなわち、理解していないのに理解
したつもりになっている相手のプライドへの不快感が
生じるから
そういうわけで、人と不仲になりたくなければ、相手を
批判する言動はとらない方が得策です
動機が善であっても、批判を避けるべきだということです
では、どういう人が人を審きがちかというと
「あの人は根は悪い人ではないのだが……」と弁護して
くれる人はいるのですが、ついひとこと多いために嫌われる
人がいます
なぜ毒舌が好きなのかというと、主な理由がふたつあります
①特定の価値観に固執しているからです
論理療法でいうイラショナル・ビリーフに支配されて
いるからです
たとえば「夫唱婦随であるべきだ」「部下は上司に口答え
すべきではない」「年齢よりも学歴の高い方から昇進させる
べきである」「恋人をふるべきではない」「いつも愛想よく
すべきである」などです
すべてのイラショナル・ビリーフは非現実的です
非現実的ビリーフとは、「~であるべきだ」「~である」
といくら叫んでも、人生はこちらの願望のとおりには
動かないものであるとの認識が足りない考え方のことです
こちらの思うとおりでない現実に腹が立つから、きつい
ことを言いたくなるのです
②劣等感が毒舌のもうひとつの理由です
劣等感には、「劣等感情または劣等意識」「劣等
コンプレックス」の二つの意味があります
前者は自己制御しやすく、後者は自己制御しにくいのです
劣等コンプレックスがあると、どうしても相手にけちを
つけて、つまり相手を自分のレベルに引きさげて劣等感
を消そうとしたくなるのです
人を批判しない人とは、
①有能な人=劣等感の少ない人=自己受容の人
②特定の価値観や認識に固執していない人
ということになります
懐が深い人とか寛容な人とは、このいずれかの条件を
満たしている人だといわれています