» 2010 » 7月 » 27のブログ記事

(1)化学予防の有効性を見極めるには

がんを予防する手段としては、禁煙や食事改善など生活習慣改善
によるものに加えて、ビタミン剤や薬剤等を積極的に服用すること
による化学予防が考えられます。

化学予防の対象としては、がんになる確率の高いハイリスク・
グループ、例えば、喫煙者や大腸ポリープなどの前がん病変の
ある人などとなります。

とはいえ、喫煙と肺がんのように関連が確実とされているもので
ない限りは、その予防法を医療や公衆衛生施策として一般に広める
前に、その予防法によりがんの罹患率が低下するという有効性や
用量の検討、副作用・有害事象についての検証が必要です。

特に有効性に関しては、無作為化比較試験による質の高い
エビデンスが必須です。

国際がん研究機関IARCが、これまでにがん予防効果の有無を
評価してきました。

動物実験で効果が確認されたものでも、ヒトでの効果が確実と
されたものはなく、β-カロテンの高用量サプリメントのように、
“効果なし”とされているものもあります。

(2)βーカロテンによる化学予防の試み

1980年代に入って開始された、βーカロテンによるがんの化学予防
の効果を検証する無作為化比較試験については、これまでに少なく
とも4つの結果が示されています。

いずれも2~3万人を対象とし、5~10年に及ぶ研究が行われました。

まず中国で行われた試験で、β-カロテン、セレニウム、ビタミンE
投与群で、胃がんリスクが21%低くなりました。

しかし、それ以外は期待していた結果が得られず、逆に高用量の
β-カロテン 20~30mgを投与した喫煙者で、肺がんリスクが
20~30%高くなることが明らかになりました。

また、非喫煙者が中心のアメリカ人医師の研究の場合は、10年以上
β-カロテンを服用し続けても、がん罹患に関して何の利益もなく、
害もなかったという成績が得られています。

(3)化学予防薬の適量は個人ごとに異なる

これらの異なる結果を理解するためのデータとして、投与前後の
β-カロテンの血中濃度の推移がひとつの参考になります。

臨床試験以前の観察型の疫学研究では、β-カロテンの血中濃度
が2~10μg/dl程度の低い人たちに比べて、20~50μg/dlであった
高い人たちのがんのリスクが低いことが示されていました。

中国の臨床試験では、対象者の血中濃度はもともと低いレベル
でしたが、β-カロテンの補給を受けたことにより、高いレベル
を少し超えた血中濃度に到達し、がん予防効果が表れたとも
考えられます。

それに比べてアメリカやフィンランドの研究では、対象者の
血中濃度はもともと高いレベルにあったのが、補給により、
日常の食事からは到達できないような不自然に高い血中濃度
になり、喫煙者で肺がんが促進されるという予期せぬ結果を
もたらした可能性が考えられます。

アメリカ人医師の研究について、参加者をさらにもともとの
β-カロテンの血中濃度ごとにグループ分けして、解析が行われました。

その結果、これまでの観察型疫学研究と同様に、もともとの
血中濃度が低い人ほどがんのリスクが高くなることが確認されています。

しかしながら、β-カロテンを補給することによる効果については、
もともと血中濃度が低いグループではリスクを下げる効果が認め
られた一方、もともと高いグループではリスクをあげる方向と
なっていました。

その傾向は、特に前立腺がんで顕著であったことが示されています 。

がん予防に有効な成分があったとしても、その用量と効果の間
には「多ければ多いほど効果的」、「一定量に達するまでは効果
があがり、それ以上は変わらない」、「一定量を超えると効果が
上がる」、「一定量に達するまでは効果があがり、それを超えると
逆に下がる(リスクがあがる)」等の場合が想定されます。

薬剤や食品成分の補給によるがん予防を考える場合には、そのうち
どのパターンに当てはまるのかを見極め、一人一人で異なる適量を
考える必要があるようです。

(4)タモキシフェンによる化学予防

無作為化比較試験の結果、予防効果が示された化学予防薬として、
乳がんの内分泌療法に使われるタモキシフェンという薬があります。

アメリカで初潮や初産の年齢が遅かったり、姉妹や直系親族に
乳がん患者がいたり、非浸潤性小葉がんという局所的ながんの
病歴があったりするために、乳がんのハイリスク・グループと
される女性約1万4千人を対象に、タモキシフェンかプラセボ
(偽薬)のどちらかを投与する2グループの間で、その後の
乳がんリスクが比較されました。

5年の追跡の結果、乳がんになった人はプラセボ・グループで
175人に対し、タモキシフェン・グループでは89人と、リスクが
半分に低くなったことが示されました。

その一方で、子宮体がんについてはプラセボ・グループで15人に
対し、タモキシフェン・グループで36人と、リスクが2.5倍高く
なっていました。

タモキシフェンは、選択的エストロゲン受容体調節薬 SERMで、
臓器によって作用の方向が変わります。

乳腺細胞ではエストロゲンの作用を阻害して乳がんを抑えますが、
その一方で子宮腺細胞ではエストロゲンと同様に作用し、
子宮体がんリスクを上昇させてしまったと考えられます。

タモキシフェンは、現時点で化学予防効果が認められている
数少ない薬剤の1つです。

しかしタモキシフェンによる化学予防については、乳がん予防効果
による利益が、子宮体がんなど他のリスクが多少高くなっている
ことを差し引いても十分納得できるものであるかどうか、リスクと
ベネフィットとのバランスを考えながら、実際の応用を判断しなく
てはなりません。

ここで紹介したデータは、乳がんの罹患率が日本人よりもずっと
高いアメリカ人の中でも、さらにハイリスクの人達を対象として
得られたデータです。

日本人におけるタモキシフェン、あるいは同種の薬剤による乳がん
予防効果や他の健康影響との関係は、日本人を対象とした無作為化
比較試験の結果が得られない限り、正しくは判断できません。

(5)がん化学予防の展望

がん予防に有効であることが期待される化学物質が同定された
場合は、観察型の疫学研究からのエビデンスに基づく、人に
おける効果の可能性の検証、そして適量と対象者を踏まえた
うえでの無作為化比較試験によるがん予防効果の証明を経て、
はじめて実践として応用に移すことが理想的と思われます。

現時点では、日本人への応用を考えた場合に、十分な科学的
根拠を備えているものはありません。

化学予防の候補物質の洗い出しと、有力候補については臨床試験
の結果を踏まえ、応用まで導くためのシステムづくりが目下の
課題となっています。

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小山 信弘

SEを2年前に定年し、今はのんびりとITコンサルタントとヘルスケアーカウンセラーをしています。毎日が休前日という贅沢な日々ですみません。

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